ノマド・ジュンのねはんスタジオ

アートと思索の日々への回帰 ノマドとは知と信を求めてさすらう旅人 ねはんは涅槃で寝半 
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# アスカロンー魂の帰還ー(仮)

アスカロンー魂の帰還ー(仮)
現在遅々としたペースではありますが、アスカロンの続編を書き進めています。これをもってアスカロン三部作を完結としたいのですが、その完成に執念を燃やしています。
三部作、第一部の「摂食障害病棟」では、摂食障害という病態を通して人の心の動きについての語りを主な内容としました。第二部「アスカロンー起源の海へー」では、私なりに人類の過去と未来を見透かす努力を行いました。ただ、歴史などというものは、起きたことがとりあえずの事実とはなりますが、何が起きるかの予測はおおよそ外れるためにあるようなもので、また、起きた事実がどのような意味を持つかなどということは、ほぼ逆のものも含めて実にさまざまであり、自分史と同じくらいの数の歴史観があるといっても過言ではありません。その中で多くの他人の方が「まあ、そういう見方もできるな」と思える観点は、よほどの専門家でなければ無理なわけです。したがって、人類史に挑むというのは、たいていつまらない独りよがりの作業になってしまうのですが、それを覚悟ではありましたが、「アスカロン」は私の思考の中に大きな芯を...与えてくれました。何か自分の中で芯が通った、何が起きても一応自分としては解釈可能、という変な自負を持つことができそうに思えた、とでも言いましょうか。まあ、そんなことで「アスカロン」は自分の中でとても大切な物語になりました。
さて、現在執筆中の第三部。まず第一部から登場している人物たちにそれぞれの帰還場所を与えたいという意図があります。特に小谷医師は、第一部の「当直部屋での逸脱行為未遂事件」、第二部の「アスカロン事件」を通して医師としてのステイタスを失い続け、第三部ではついに東方病院を辞することになりますが、彼には神と人をつなぐ者として最後の大きな役目が待っています。また対話相手としての大山を失い、別の存在との対話を始めます。そして、第一部で「この人たちなんで登場しているのか」と思われる中途半端な人物の、光一(理恵の弟)や沖縄出身の新垣、由美の両親などが準主役的な振る舞いをします。
まだ全体の4分の1ほど、構想も固めていない段階ですが、締め切りのある仕事ではありませんし、私の全キャリアをかけて慎重に書き進める所存です。また時々ご報告いたします。

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# 「アスカロン」モンスターを抜いて第一位
アスカロン」先週ですが、鳥取最大手の今井書店吉成店の週間ベストセラーで第一位。「久々に大谷が書いてるな」と地元の物思う人たちが反応してくれたのか。隣は累積80万部のモンスター、石原さんの「天才」。できれば地元では抜いておきたいなと思っていましたから、一瞬でも前に出れたとあれば、とりあえず喜んでおきます。
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# 「アスカロン、起源の海へ」発刊記念トークイベント
境界(元来、森には異教徒が住んでいた)Painter Kuro横浜個展 7月3日はKuroさんとのトークでした。深い森についての深い議論。お会いしたかった方々にもたくさん会えて幸せな午後でした。みなさんやさしいな。「アスカロン」にお力添えをいただいた美術家の方々のますますのご活躍をお祈りします。 以下、トークをお聴きいただいた敦賀信弥さんのフェースブックからコメントをお借りします。 この個展は、心療内科の医師(医学博士)で作家の大谷純氏の著書「摂食障害病棟」からイメージされて生まれた作品。 同時に最新の著作「アスカロン、起源の海へ」出版記念の展示でもある。 トークは摂食障害の治療をめぐる医師と女性患者を中心にした物語を、森(病棟、異界)と現実社会との行き来、対比によって存在する境界の概念を認識することから始まり、新著作「アスカロン、起源の海へ」の装画の紹介など、大変興趣の尽きないお話だった。
| comments(0) | trackbacks(0) | 21:08 | category: こころのトポロジー |
# 『アスカロン、起源の海へ』作品社 大谷純著
『アスカロン、起源の海へ』作品社 大谷純著 見本が届きました。やっとここまで来たなと感慨深いものがあります。作品は物語形式で、文明の起源・成り立ちを透かしみることを試みたものです。そこには古代宗教もあれば現代政治もあり、渾身の力を込めて書き下ろしています。またこのたび、カバー装画、章扉に次の美術作家のみなさまのお力添えをいただきました。 カバー装画 三瀬夏之介 第1章 阪本トクロウ 第2章 小木曽誠 第3章「東北画は可能か?」グループ 第4章 オーガフミヒロ 第5章 Painter Kuro 第6章 小木曽誠 第7章 ナジルン 第8章 大小島真木 巻末 鴻池朋子 美術家のみなさまありがとうございました。カバー装画、章扉のみなさまとはまさに真剣勝負のやり取りをさせていただきましたが、その小さなコラボもお楽しみくださればと思います。 6月20日からアマゾンで販売開始(もう予約受け付けは始まっているようです。他のネット通販でも扱い)、そのころには全国の取扱書店の店頭にも並んでいると思います。ご同好、興味をお持ち下さる方、ぜひご一読、ご高覧ください。
| comments(0) | trackbacks(0) | 22:02 | category: こころのトポロジー |
# アスカロン、起源の海へ
「アスカロン、起源の海へ」作品社 拙著6月刊行予定です。文章校正を終え、最終確認作業に入ります。「あとがき」から一部抜粋してみます。 本作品は、物語という形式をとっていますが、実質的には「起源」をめぐる論考を中心に構成されています。起源をめぐる旅と論考は、秋田大湯、津軽、熊野、出雲と、この国の古代の姿をとらえる作業から始まり、地中海、アジア、イスラム世界へと展開してゆきます。・・・ なぜ人は祖霊への思いを胸に抱きながら、その関係を絶って、旅立つのか。そして結局、どこに還ろうというのか。物語の中では、そのような思いは、大地母神の神殿アスカロン、あるいは「起源の海」への誘(いざな)いとして現れるのですが、それは当然のことながら、「こころの在処(ありか)」の問題に帰結します。・・・ あとがきはこの後少し個人的な思いにも触れることになります。 この作品では、カバー装画、章扉に何人かの美術作家の方々にお力添えをいただきました。関わってくださったみなさま、ありがとうございました。詳細はまた刊行時にお知らせいたします。
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# 『摂食障害病棟』の続編


 『摂食障害病棟』の続編にあたるものを書き進めています。前作は病棟内で大きな物語が動きましたが、今回は、前作のような病棟内での大きなストーリー展開はなく(交通整理的な程度には物語形式で、最後はやや劇画的に動きますが)、ほぼ(宗教人類学的)な味付けの「起源論考」になります。前作の小谷、大山、理恵、由美、亮などにキリトやウマヤドなどの新しい登場人物が加わります。
ただ、宗教、歴史における私の知識は一般ツーリスト並ですから、ぎりぎり感覚を研ぎ澄ませて、そこから透けて見える様々なものをつなげて、東西・過去未来の物語を構成しています。そこはガチ勝負の楽しい作業でした。
本文はほぼ書き終えて、現在絞り込み作業にかかっていますので、編集作業を経て、来春以降何らかのアナウンスができるものと思います。とりあえずお知らせでした。
章振り(案)
1その後 2地中海 3列島幻想 4旅の意味 5科学という幻影 
6観音幻想 7原罪 8その場所へ
以上です。
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# 「呪医の末裔」
 

「呪医の末裔」ダブルスタンダードについて
少々長いですが、ご興味あれば。なかなか面白かったです。
西ケニアの100年
物語は、母親から呪術を教わりこの地域で呪医として名をはせたオデニョから始まる。ビクトリア湖のほとり西ケニアは元来、流浪・漂泊する多くの部族が交差する場所だった。古くからその地に居付いている部族というのは、西欧流の「民主主義」が流れ込んできた後に形作られた概念で、本来そのようなものは存在しない。ある地にしばらくいて耕作地を持っても、一族に悪いことが重なったり隣の部族から嫌がらせを受けたりしたら、わりと簡単にその地を放棄して別の土地に移る。もとの土地にはまた別の部族が流れ込んできて開墾を始める。マラゴリ人に属するオデニョの一家もそのような形で19世紀末に西ケニアの一角ケロンゴ村で暮らし始めた。 
 そのころこの地にイギリスが入植をはじめる。白人社会はまず現地の実力者に貢物をして力を借りて、町の建設や物資の輸送のために鉄道敷設を始める。鉄道敷設とプランテーション用の人夫を確保するためには、人々の流れ、移動をシャットアウトする必要がある。...そこに住む人たちに銃をちらつかせながら(したがえば発砲することはない)労働に駆り出してゆく。労働者には賃金を与える。そして巧妙に税金をかけて賃金に頼らざるを得ない生活を作り上げてゆく。まず住んでいる粗末なテントのような小屋に小屋税、反応が悪ければ人頭税。これで貨幣流通を促し賃金をもらって物を買う習慣をつけさせる。そのようにして白い都会が次第にあちこちに増えてくる。住民は貨幣という紙切れがニワトリや布など大事なものと換えられていくのに違和感を覚えるが、次第にその感覚に慣れてきてもっと貨幣が欲しくなる。それを提供してくれるものは兵役労働(武器は持たせてくれずコックやポーター)やプランテーションの労働や白人屋敷のサーバントなど都市労働や宗教団体などだ。さらに時代が下って、NGOや人権団体が多くなっても事情は同じ。いずれも金(職)をくれるだけのダブルスタンダードのあちら側の世界の話だ。村に帰れば一族の昔からのスタンダードな生活は保証されている。その時の気分と事情で、あちら側のスタンダードとこちらのスタンダードの間を漂泊していればよかったのだ。特に若者にはそのような気楽さがあった。体力に自信のあるものはプランテーション、都市生活にあこがれるものは都市労働、読み書きの得意なものは宗教団体に。宗教団体も厳格な聖公会、ピューリタン系でフレンドリーなフレンズ会、軍服が着られて階級を上がっていく爽快感がある救世軍などさまざま。そのようなダブルスタンダードがうまく機能する時代が19世紀末にイギリス人の入植がはじまって第2次大戦終了くらいまで続く。オデニョの子孫たちも都市と村を往復しながら様々な流れ方をする。驚くことに、有名な呪医であるオデニョ自身も人生の後半は呪医を捨てて聖公会のメンバーとして布教に尽くす。呪医というのは薬草の知識とかいわゆる民間医療の熟達者である半面、呪いを解いたり、逆に依頼によって呪いをかけ返すなどの役割を求められる。そういう苦しさから逃れたかったようでもある。とにかくそのくらいあちらとこちらを自由に行き来していた。第2次大戦時にはアフリカの民兵が組織されKAR(キングス・アフリカン・ライフルズ)としてインド洋の制海権防衛にあたり、ビルマ戦線では旧日本軍と相対することもあったようだ。しかし、両軍は交戦の機会はあってもほとんど撃ち合うことはなかったという。日本軍も撃ってこなかったし、あまりまじめに撃ち合う気がしなかったようだ。
 それが大戦後独立の機運が高まり、独立を勝ち取って議会政治が始まると流れがまったく変わってくる。ダブルスタンダードのあちら側がなくなって、こちら側の人間があちら側も演じなければならなくなったため、距離が取りにくくなった。ダブルスタンダードが機能しなくなるのだ。そのうえ白人社会のグローバルスタンダードが容赦なく押し寄せてくる。しかも議会の党派は部族単位(その合従連衡)で運営されるため、摩擦がより巨大化する。流れの止まったその社会には、巨大な権益を抱える一部の人たちと圧倒的多数の食べていくのが難しい人たちに分かれる。権益者同士あるいは貧富の対立に外から武器が供与されると紛争地にもなる。

日本はかなり早くから農耕が定着した土地だから直接の参考にはなりにくいかもしれないけど、とてもわかりやすい。
グローバルスタンダードは破滅の予感があっても止まらない。それが私たちが乗っている文明の推進力だからだ。ただ、そのスピードを遅くしたり、その隙間を埋める作業は無尽に存在する。

| comments(0) | trackbacks(0) | 17:39 | category: こころのトポロジー |
# 真言立川流


 真言立川流
密教の一流派。現在まとめているものと少なからず関係があり、精読中。
僧籍にある人たちにとっては「邪教」と断ってからでないと触れにくい面がありそうだが、興味深い内容。
男女(夫婦)交合の境地を即身成仏の境地と見なし、双身歓喜天やダキニ天を本尊とする。開祖の仁寛は平安末期に真言密教の一大拠点だった醍醐寺の高僧で、密教の奥義を知り尽くしたその人が配流された伊豆で放浪の陰陽師とともにこの教えを開いたという。立川流で本尊となるダキニ天は、インドの尸林(しりん=死体置き場)で死肉を求めてうろつくジャッカルがモデルといわれる。尸林は宗教修行で悟りを開くために極めて重要な場所。ジャッカルにぼりぼりかじられながら人体が腐り骨になっていくさまを目の当たりにしながらの輪廻転生を観想することは身の毛のよだつほど厳しいものだろう。
空海によって日本に渡った密教はインド〜中国を経た中期密教で、チベットなどでその後展開された後期密教では、ヨーガを主体とした生理的な要素や宗教上の男女和合の意義をもっと大胆に説いている。立川流はそれにより近いが、江戸期に弾圧。...
死肉を食うダキニ天の好物は、人の頭頂にある六つ粒からなる人黄だといわれているが、これは、人の本能やエネルギーを支配する領域。
元来、真言密教は解体新書までの日本で、最も生理学的な洞察の鋭い「学問」と思うが、立川流の経典は焚書に遭って全貌はほとんど不明であり、何とも残念。
| comments(0) | trackbacks(0) | 17:16 | category: こころのトポロジー |
# 日本人のルーツ


日本人のルーツ
こういう話はミッシングリンク(つながらない部分)が多いので何ともだが、この本は国立科博の研究員を長らく務められた著者のコンパクトなもので、とりあえず知識の整理にはもってこい。以下
十数万年前にアフリカで生まれた現人類に直接つながるホモ・サピエンスは、遅くとも4万年前くらいには現在の東南アジアにあったスンダランドに到達した。それが4万〜3万年前ごろまでに、南のオーストラリアに達する一方、大陸を海岸沿いに北上・東進した。その後日本列島に到達して、縄文人の祖先になった。
縄文人の祖先が日本にやってきた年代を発掘されたものでみると、琉球諸島へは4万〜36000年前、本州には23000〜2万年前、北海道では6000〜8000年前とかなり遅い。琉球諸島は約20万年前から18000年前まで台湾を含む細長い陸橋で大陸と繋がっていたので、早く到達できたといわれている。
一方、スンダランドから大陸沿いにシベリアに向かった人たちは、遅くとも2万年前ごろにはバイカル湖付近に達し、寒冷地適応を果たし、北方アジア人の特徴を獲得した。この集団はその後南下・東進...して、3000年前ごろまでには中国東北部、朝鮮半島、黄河流域、江南地域などに住み着いた。その人たちの一部が縄文時代の終わりごろ、おもに朝鮮半島経由で日本列島に拡散していって弥生人となる。
バイカル湖付近で寒冷地適応した集団の一部は、さらに大陸伝いに北に上がり、ベーリング海峡からアラスカを超えて北アメリカに入っていった。当然アラスカに向かわずにカムチャッカ半島から島伝いに北海道、あるいは少し距離があるけどシベリア極東から北海道に渡った集団もあるはずだ。
つまりこれを総合すると、津軽あたりを中心にする北日本はもっとも発達した縄文人ともっとも原初的な弥生人(両者の差が少ない)が融合、混淆したことになり、日本の歴史上最もバランスの良い生活が営まれた可能性が高くなる。逆に朝鮮半島の最南で醸成しきって日本に渡ってきた弥生人と西日本の縄文人では差がありすぎて、物を取って食う生活しか知らない初期の縄文系の人たちは「鬼」となって退治される運命を負うことになる。
最近、ごそごそやっている資料整理の一端です。
 
| comments(0) | trackbacks(0) | 19:00 | category: こころのトポロジー |
# 2000年問題
 ちょうどこの「謎のサルタヒコ」が発刊されたころは

紀元2000年の前あたりで

ノストラダムスの大予言だとか

(このままでは)世界が終ってしまうぞという

終末的な考え方があふれていたときだった。

本の中にもそのような論調が含まれている。

2012年のマヤ暦の終末も同じだったが、

結局、隕石がぶつかるとか

世界中で大爆発が起きるとか

「見るからにひどいこと」は起きなかったようだけど、

やはりたぶん何かが終わって

ひとつの節目を迎えていたのではないのだろうか。

何が節目を迎えたのか

終末と再生のなかで

慎重にそれを探ることも必要だと思う。

| comments(0) | trackbacks(0) | 12:29 | category: こころのトポロジー |
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