ノマド・ジュンのねはんスタジオ

アートと思索の日々への回帰 ノマドとは知と信を求めてさすらう旅人 ねはんは涅槃で寝半 
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# 「カルタゴの航海」
「カルタゴの航海」 「摂食障害病棟」「アスカロン」両者の象徴でもあるカルタゴ。少し詳述してみます。古代地中海世界があらわになります。 カルタゴを建設したフェニキア人はユダヤの祖アブラハムがカナンに「入植」した頃にはその地にすでに居住していたという。後のギリシアの著述には東洋系の顔立ちで交易と航海術にたけた、とある。その始原の頃の中心都市テュロスもアッシリアやバビロニアなど陸上の強国を避け陸地から数百メートル離れた海上にあったという。最初は細々とアフリカの物資と中東世界の仲介交易を営んでいたが、前1400〜1500年ごろ東地中海の南方の覇権を握っていたクレタ文明が滅ぶと風通しがよくなり、フェニキア人は西地中海に進出していく。主な目的はアフリカでの交易の拡大と当時莫大な鉱物資源を有する地として知られたスペイン(ケルト・イベリア)への足掛かりを得るためだ。その中継地として前814年に現在のチュニジアにカルタゴが建設された。その頃、地中海北部ではギリシア諸都市が全盛期を迎えつつあった。ギリシアの華やかな「文化」に比べフェニキアのそれは地味で機能(実用)的だったといわれる。またカルタゴの海軍は強かったが、交戦は好まず、ギリシアのポリス連合艦隊も強いことが知られており、両軍は大規模な海戦はお互いに避けていたようだ。ただ、その間パレスチナのフェニキアは衰えてゆき、女神エリッサ(ディド)像も迎え入れ、カルタゴがその中心都市となってゆく。一方、ギリシアも次第に新興ローマに圧迫され、前200〜400年ごろの地中海は北のローマと南のカルタゴがシチリアを挟んで対峙する構図となる。カルタゴはアフリカ大陸に打ちこまれた「くさび」と表現されるが、アフリカ北部沿岸のみならずジブラルタルを過ぎて西アフリカに広く深く進出してゆく。しかし、これについては文書がほとんど残っておらず、残っているもの(ハンノの冒険)も明らかに拠点を隠した書き方がしてあるため実態は不明。ギリシア世界ではジブラルタルの向こうには魔物しかいないとされたくらいで記録は皆無。ただ、相当なものであったことは確か。この頃のカルタゴは地中海の海戦でローマの六万の海軍を沈めたり、有名な猛将ハンニバルがローマを滅亡寸前まで追い詰めたりと、明らかに強国だったことがうかがえる。ただ、基本的には抗争を好まず、ギリギリまで追いやって通商を有利な形で結ぶという交易優先の形を取っていたようだ。ローマにもこの手法を使ったようだが、その後ローマが強大になり、失政も伴って、前146年カルタゴはローマによって滅ぼされる。 しかし、このフェニキア人、出自はどのようなことなのか。セム系ではあるといわれるが、東洋的な顔立ちで航海が巧みと言えばスンダの地を思い浮かべざるを得ない。当時バビロニアは多くの民族を移住、他地域に入植させたりしていたようだし、インド洋に中継点があればアジアから喜望峰を回り込むのは実はそれほど難しくなかったのかもしれない。現にカルタゴは西アフリカに多くの拠点を構えていたはずで、そこにはローマが足を踏み入れることはあり得ないので、「歴史」の外で案外多くのフェニキア系の交易船が喜望峰をまたいで普通に行き来していたのかもしれない。それを西洋が再発見するのはポルトガルや「蒸気船」などずっと後の時代の話になる。 もう一つ気になることをあげておくと、最盛期カルタゴの港は前面に商船が行きかう商業港がありその奥に軍艦が潜むゾーンがあったというが、この本「カルタゴ」1枚目に載っている港の概略図が日本の古代〜中世最強の軍・商複合港湾施設と言われる津軽十三湊の古図にそっくりな気がしてならない(2枚目)。 3枚目 中米コスタリカのカルタゴと名された町にある祭祀施設。この建造物そのものはスペインの入植後のものと思われるが、そこには遠い昔から何かが祀られていたのだと。 カルタゴの女神「エリッサ」ですが、ローマによる滅亡の予感が漂う中、これだけのバックアップ地域がありながらどこにも移さなかったということはたぶんないと思います。その時点で「歴史」からは消えますが。それが「カルタゴの航海」の主な含意です。
| comments(0) | trackbacks(0) | 14:07 | category: 「摂食障害病棟」ノート |
# 「神の領域〜摂食障害病棟〜」舞台御礼&映画化決定
「神の領域〜摂食障害病棟〜」舞台御礼&映画化決定 15日渋谷アップリンクにて大きな感動を呼んだ舞台「神の領域〜摂食障害病棟〜」の映画化が決定したとのこと。Kuroさん、おめでとう。そして、ありがとう。振り返ると、この舞台の話は7月の横浜トーク(於art Truth)の直後くらいから始まった。その頃Kuroさんはこの本をすごく読みこんで頭の中は本のイメージであふれていて、舞台化の相談そのものはほぼ即決だったと覚えている。Kuroさんは「病棟=森」のイメージとともに、この本の核心でもある「人類の来し方=歴史」に大きな興味を持っていたようで、一時期公演の第2部はそれに関するトークにしようかとのアイデアも出たほどだった。そしてシナリオに果敢にも「カルタゴの航海」を含めてきた。「どうしても入れたいのだ」と。正直すごくうれしかった。「カルタゴの航海」は、本の中でも最も象徴的な場面である。北アフリカにカルタゴを建設した航海術にたけるフェニキア人は古代ユダヤが入植したカナン(今のパレスチナの辺り)の原住と言われるが、東洋由来の民族だともいわれる。したがってローマに滅ぼされて大西洋にこぎ出しアフリカを回ってアジアをめざした女神をいただく古代カルタゴの船は始祖の地スンダ(東南アジア)への帰還をめざしたことになる。ちなみに沖縄の人はニライカナイからの使者はフェニキアから来るという。私にとっては人類創生の物語をひとつの病棟から始めてみたいという本の意図を象徴する部分でもある。 しかし、案の定、シナリオ作りは難航を極めたようだ。「摂食障害」という非常に重いテーマに「カルタゴ」が加わる。一体これどうするんだ?シナリオが回ってきたとき、よくできてるなと思った半面、やはり「カルタゴ」の前後がぶれていてきちんとおさまるのか疑問に思ったのでその旨伝えた。「大丈夫です」との返事だったが、やはり稽古が始まってからも行き詰まり大転換を余儀なくさせられたようだ。それについていく俳優陣、音楽陣も大変だったろう。しかし、舞台はじわじわと醸成され当日を迎える。 私はリハーサル、1部、2部と三度舞台を拝見した。素晴らしかった。その様子は観劇された方、実際に演じられた俳優の方々、関係者の方々がそれぞれつぶさに書いておられるが、まさに感動的だった。「摂食障害」という重いテーマ、低い調子の池田さんと高い調子の田口さんの絶妙のやりとりで幕が上がり、摂食障害を身をもって体験された伊藤さんと若い村松さんの患者同士の巧妙な対話が続く。そして、劇中劇「カルタゴの航海」。強い光を放つ宝石をリングにはめ込むような微妙な瞬間。固唾をのんで見守っていたのだが、それをあっけらかんと演じてのけた村松さんのポテンシャル。舞台は由美(伊藤さん)、理恵(村松さん)のそれぞれの人生が語られ、これもKuroさんお得意のブルージーな味付けを含みながら終章のRojaさんの歌へと続き幕を閉じる。 Kuroさん、俳優陣のみなさん、Rojaさん、終始絶妙に絡んで下さった音楽陣のみなさん、制作に携わってくださった渡辺さんをはじめとするすべての方々、そして寒いなか足を運んで下さった観客の方々、原作者として心から感謝申し上げます。そして、まだまだ続きそうなこの物語の旅を見守っていただければと思います。どうもありがとうございました。
| comments(0) | trackbacks(0) | 19:58 | category: 「摂食障害病棟」ノート |
# 『神の領域〜摂食障害病棟〜』公演、大盛況で終了
1月15日、渋谷アップリンク『神の領域〜摂食障害病棟〜』公演、大盛況で終了。素晴らしい感動!
| comments(0) | trackbacks(0) | 21:32 | category: 「摂食障害病棟」ノート |
# 稽古も追い込み「神の領域〜摂食障害病棟〜」
「神の領域〜摂食障害病棟〜」1月15日渋谷アップリンク 稽古も追い込み。期待の若手たちから映画出演多数あるいは医療に深い理解を持つベテラン陣まで個性豊かな俳優たち、音楽、美術家Painter Kuroさんの演出。斬新でありながら完成度の高い舞台になっているようです。ご来場のみなさん、お楽しみください。「やはり行ってみよう」と思われる方、1部は完売ですが、2部にはまだ若干残席が、当日席も用意されています。
| comments(0) | trackbacks(0) | 21:13 | category: 「摂食障害病棟」ノート |
# 「神の領域〜摂食障害病棟〜」
「神の領域〜摂食障害病棟〜」 脚本が回ってきたので読みました。とてもよいです。「横浜トーク」を継承した、森の中にひっそりと佇む病棟で繰り広げられる物語。「摂食障害」のダイアローグが流れる中、哲学をはらむビート詩劇、哀愁、わずかにのぞける神話世界。シャイだけど、決して暗く沈むばかりではない人生賛歌。音と光。まさしくPainter Kuroさんの世界、楽しみです。
| comments(0) | trackbacks(0) | 18:28 | category: 「摂食障害病棟」ノート |
# 「神の領域〜摂食障害病棟」渋谷UPLINK1月15日
前売りチケット販売開始です。ご興味お持ちくださる方こぞってお越しください。 摂食障害が集まる日本のさきがけ的な病棟で繰り広げられるドラマと思索。神をみることもあれば、底知れぬ暗闇をのぞくこともある・・。 http://www.uplink.co.jp/event/2016/46844
| comments(0) | trackbacks(0) | 20:23 | category: 「摂食障害病棟」ノート |
# 「摂食障害病棟」ノートー劇場化
「摂食障害病棟」ノートー劇場化(年明け1月15日渋谷UPLINK) 物語の内容を紹介してみます。おさらいです。 多摩の深い森の中、摂食障害の患者たちが集まる病棟では、友情、葛藤、盗み、性の錯乱、自傷、理恵や由美や亮と小谷や大山など登場人物の間で案外な「物語」が展開してゆきます。 もうひとつこの物語を貫く軸として、摂食障害という「神の子」たちを巡る洞察があります。神は自分が愛でる存在を早く自分のそばに置きたいと求め、早く召そうとします。それを感じる小谷たち医者は、「それに乗っちゃだめだ。現実をみろ。そんなことやってたら死んじゃうぞ」と自分たちの技でこちら側の世界に引き戻そうとします。そこに綱引きが起きるわけですが、ここで神と人をつなぐ知恵と洞察として様々なものが生起します。フロイトしかり、ユングしかり、シュタイナーや認知や医療(科学)の技もね。 そして神の子の引っ張り合いは、もうひとつの世界を想起もさせます。祖霊信仰と世界宗教の葛藤とその幻影です。なぜ私たちは自分たちの神を森に残して町に外の世界に出なきゃいけないんだ・・。外の世界でばらばらになった私たちは、いったい何を信じればいいんだ。それらをはらみながら、物語は深い森の中で展開してゆきます。
| comments(0) | trackbacks(0) | 18:35 | category: 「摂食障害病棟」ノート |
# 渋谷UPLINKで「摂食障害病棟」公演
渋谷UPLINKで「摂食障害病棟」公演 美術家で親交のあるPainter Kuroさんが年明け1月15日渋谷カルチャーの発信拠点、渋谷UPLINKで拙著「摂食障害病棟」を取り上げてくださる。演目は「神の領域〜摂食障害病棟〜」。「神の領域」、どの病気にも治してはならない部分が潜んでいるけど、「摂食障害」の子たちは象徴的にそのような部分を大きく背負っている。この「神の子」たちとどう接するか、医者としての私の根本命題にかかわる経験を描いています。Kuroさんはそれを敏感に感じ取ってくれているようです。Kuroさんという純粋で鋭敏な感性と出会えたことに感謝しつつ。どうぞよろしくお願いいたします。近くなったらまたご案内します。
| comments(0) | trackbacks(0) | 21:59 | category: 「摂食障害病棟」ノート |
# 「摂食障害病棟」続編の構想


 久しぶりに「摂食障害病棟」ノートですが。

同様な構図で始めるか考えていましたが、

以下のような設定ではじめてみたいと思います。

理恵が退院して何年かが過ぎた。  

 小谷は武蔵野東方病院を退職して、東京の心療内科クリニックと地方の診療所を行き来する生活を送っていた。月に一度は、東方病院にもやってきて、外来と病棟患者の診察を続けている。

 由美は相変わらず閉鎖病棟で天使の微笑みを振りまいていた。いろんなバランスを必要とする社会生活が本当にきつい人たちにとって、閉鎖病棟は案外大きな安寧を約束してくれる。小谷は由美との月に一度の面接を続けていた。いずれ社会に戻らせたいなと思いつつ、無理は禁物と心得ていた。

対話形式の思索集という感じになりそうですが、

挑戦してみます。

| comments(0) | trackbacks(0) | 17:47 | category: 「摂食障害病棟」ノート |
# 「クマリ」補遺
 
「クマリ」補遺
前文では、どうも肝心のクマリについて何も述べれていない気がする。このままだと植島先生に申し訳ないので、もう少しつけたし(笑)。
クマリは、ネパールの首都カトマンズ最大のヒンドゥー教系の祭り「インドラジャトラ」で、主役を張る生き神。仏教徒の末裔で構成されるサキャ・カーストの3〜4歳の少女のなかから選ばれ、この祭りのためだけにクマリハウスと呼ばれるよく別な場所で暮らし、祭りのクライマックスでは国王もその足元にかしずき、13〜14歳、(初潮のはじまる)で引退して普通の家庭に戻る。
何が特殊かといえば、すべてが特殊だ。ヒンドゥー教最大の祭りに、主の山車にのってクライマックスで大きな役割を果たすのが仏教徒というのは、神道の行事で、肝心な場面で坊さんがお経をあげているようなものだし、宗教的な代表者というのは大体、長老か国王なり元首自身と相場が決まっているのに、ここではあどけない少女
...なぜ、こんな「ゆるい」ことがここでは可能なのか。それはある意味ネパールがインドの辺境だからである。しかし、この辺境が曲者。辺境にこそ古層が宿る。中核部は絶えず政治的経済的要求にこたえ続けなければならないので、どんどん変わってしまうし、堅固なパンテオンが形成される。その点、辺境は古いものを保ち続ける条件に恵まれている。ネパールに話を戻すと、カトマンズは中心だから実は強固なパンテオン(王の権威付け)のなかでクマリも動かされる。実は、クマリというのは、ネパールのあちこち(カトマンズ盆地内の他の場所)にいて、他の土地のクマリはクマリハウスに押し籠められたりせず、普通に暮らしていて、祭りのときだけ生き神を演じる。「ゆるさ」の象徴クマリも尺度をかえると実はパンテオンの中にしっかり組み込まれている。
植島先生はどうもこのようなことを問題にされている。いつもそうだからたぶん今度もそうだと思う(笑)。先生は、30年以上の訪問調査を経てこの本を書かれているが、「ネパールは前も今も貧しい国だが、以前は(豊かな貧しさ)にあふれていたのに、最近は(いやな貧しさ)が目立つように思う。特に王政(制)が廃止されて共和制に移行してからガラガラと大きく変わっているように思う。王に祝福を与えるのがクマリの役目なのだが、これも一体どうなるんだろう」、と嘆かれている。
まあ、ざっと言うとこんな調子の本ではある。いくらか植島節が披露できたかな(笑)。
| comments(0) | trackbacks(0) | 22:04 | category: 「摂食障害病棟」ノート |
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